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[昔話] 第1回 牛の涙が忘れられない
『しながわ夢さん橋2007』と同時開催された「大崎今昔写真展」で展示された大崎周辺の昔話を、写真展の実行委員会並びにしながわ観光協会さんのご厚意により転載させていただきます。大崎第二地域センターが発行している「ふれあい」に掲載されたインタビュー記事を元に構成しました。また、品川区のホームページ内にある「しながわWEB写真館」では、昔の写真を見ることができます。ぜひ昔話とあわせてご覧下さい。

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『牛の涙が忘れられない』 
大崎在住・小林まつ さん(明治31年生)


 大正5年に、静岡県の網代(熱海市)よりこの居木橋にお嫁にきました。その頃は、今の富士電機の裏に「屠殺場」があり、大崎の貨物駅からおろされた牛が、涙を流してここを通っていたのをよくおぼえています。肉の問屋さんも5,6件あり、そこで働いている人の為にお風呂屋さんもありました。肉は大八車で配達します。働いている人々は、朝3時頃には起きていました。大八車を引いて行くのですから、朝早く出かけないと間に合わなかったのです。
 御殿山の坂のところには、大八車の後押しをする人が待っていました。坂の上まで1回2銭(100銭=1円)です。「森永」の工場もここ居木橋にあって、今でも総合体育館へ行くところに「森永橋」として名が残っています。
 家の横には、明電舎の方から小川が流れ、そこから「ひしゃく」でよく水まきをしました。その小川が流れ込む目黒川では、夏には泳いでいる人もいましたし、魚もよく釣れました。新井さん(居木橋町会長)の家の所には、エンピツ工場があり、その裏に「メイソウ園」という花畑がありました。呉服屋さん、げた屋さん、魚屋さん、自転車屋さん……。その裏に、八軒長屋や四軒長屋(今のアパート)がたくさんあってとてもにぎわっていました。
 今ではすべてが、よい思い出となっています。

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※当ブログでは、あえて大崎第二地域センターが発行している『ふれあい』に掲載された当時の文章をそのままに、「屠殺場」という言葉を使用しています。
大崎にあった「と場」は、1940年代に三ノ輪、寺島、千住、野方、玉川の「と場」と合併し、現在では品川駅東口にある「東京都中央卸売市場食肉市場・芝浦と場」として私たちの食生活を支えています。品川区のホームページも合わせてご覧下さい。


◆品川区 - 食肉市場(芝浦と場)
http://bit.ly/c3hei4

※「食肉市場(芝浦と場)」のURLが変更されていたので、更新しました(2010.10.29)
| 大崎周辺の昔話 | 06:07 | comments(1) | - |
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